オプジーボその2-免疫の語源は免税?!ー

モノクローナル抗体であるオプジーボ。抗体医薬が有効であることが脚光を浴びています。その基礎となる「免疫」。そもそも「免疫」という言葉を最初に使ったヒトはだれなのでしょう?歴史を調べてみました。

「免疫」という言葉を使わなくても一回かかった病気にはかかりにくいことは昔から経験的に知っていました。

紀元前5世紀、ペロポンネソス戦記を書いたトゥキディデスは、ペストに一度かかった者は二度とかからなかったことを「二度なし」という言葉で記述しました。

中世1340年代、慈善活動を行うキリスト教騎士団がペストの犠牲になった際、奇跡的に助かった騎士たちはそれ以後ペスト患者と接触してもこの病に倒れませんでした。これは神のご加護と信じられ、ローマ法王はこの騎士たちを免税しました。この特権は、課税(munitas)を逃れる(im-)からimmunitasと言われ、これが今日のimmunity(免疫)という言葉の語源になりました。(古くて新しい免疫学、菅野雅元からの要約)

その後、ジェンナーは牛の乳しぼりをしている女性が天然痘にかかりにくいことを発見しました。そこで、その女性の腕にできた水疱からとった膿をほかのヒトに接種したところ、接種を受けた人も天然痘にかかっても軽症ですむことを発見しました。このことから天然痘予防として牛痘を接種することを考えました。のちに牛痘ウイルスの表面上の抗原決定基と天然痘ウイルスの抗原決定基の一部が一致していることがわかります。牛痘と天然痘は違う病気ですが共通する抗体ができることが証明されたのです。下の写真は、8才の少年に牛痘の接種をして天然痘予防の有効性を証明するジェンナー。

その後、利根川進は、抗体を作り出す遺伝子が、組みかえられて使い回しされていることを発見し、抗体の多様性のしくみを解明しました。そしてこの抗体を抗原抗体反応ではなく、ツール(分子標的)として使う抗体医薬が生まれたのです。

掲載画像「天然痘ゼロへの道」-ジェンナーより未来のワクチンへー 内藤記念くすり博物館編 エーザイ株式会社発行

 

薬の名前の豆知識

薬には、ブランド名(ブランドネーム)と一般名(ジェネリックネーム)があります。一般名はWHOによって定められた国際一般名(INN)に基づいて命名されます。ブランド名はその薬を初めて作った会社だけが使える名前で、その他の会社は再審査と特許が切れた後、一般名を使って販売します。一般名で売る薬をジェネリック医薬品と言いますが、ジェネリックとはこの一般名generic nameのgeneric”一般的な”という意味にちなんでいるのです。

ブランド名は、①先行品と名称が類似していないこと②商標登録がなされてないことの2項目がクリアできていれば何を付けてもOKです。例えば、武田薬品だと「タケキャブ」、田辺だと「タナトリル」など会社の名前がつくこともあり覚えやすいものもありますが、名前が似ていて覚えにくいものもあります。私は、ミクトノーム(プロピベリン塩酸塩、頻尿治療剤)とミオナール(エペリゾン塩酸塩、筋弛緩薬)が混同しました。しかし、名前の由来を調べたところ、ミオは筋肉(MYO)の接頭語、そしてミクトノームはmicturition、排尿ということがわかり、混同しなくなりました。薬の語源については薬学用語辞典参照。

それに対し、薬の一般名はINNに基づいて命名されるので、ブランド名より系統だっています。従来からある低分子医薬品は、構造式やその基本骨格をもとにして命名されてきました。一方、近年になり開発が活発になっている生物製剤はタンパク質などが有効成分になっているため、構造式からの命名は難しくなります。そこで、以下のような新しいルール、例えば接尾語が使われるようになりました。

ニブ、-nib:リン酸化酵素(kinase)の阻害剤(inhibitor)

マブ、-mab: モノクローナル抗体(monoclonal antibody)

コグ、-cog:凝固因子(coagulation)

例えば

オクト‐oct[ラテン語で8(オクタン) ]+コグ:第XIII(8)凝固因子

ノナ‐nona[ラテン語で9(ノナン) ]+コグ:第IX(9)凝固因子

オクトはオクトパス(たこ、8本足の意味)から8が容易に想像できます。生物製剤の命名法について詳しくはこちらへ。


生物学関連の「説明」はなぜわかりにくいのか?


CLIL Human Biology, Shubunsya からの抜粋
インフルエンザワクチンをうつと

免疫のところがちょっとわかりにくいということで補足。

「ぴかぴか光る電球」だとか「おまわりさん」だとかよくわからない喩えを出した抗体の役割であるが、たいてい次のように分類されている。

①中和

②オプソニン化

➂補体の活性化

初見だとごちゃっとしていてわかりにくい。

まず、①は抗体単独でその役割を果たす点で②・➂とは違う。有名な例はインフルエンザに対する抗体。インフルエンザウィルスは外壁(エンベロープなどという)に細胞にとりつくためのイガイガしたたんぱく質(スパイクたんぱく質)をもっているが、抗体はこのイガイガに特異的に結合し無力化する。ウィルスのイガイガが「立体的」に遮蔽されてしまうと、インフルエンザは細胞にとりつくことができず、体内で増殖することができなくなり、結果、インフルエンザ発症の予防につながる。なお、インフルエンザはエンベロープにはいくつかのサブタイプがあり、どの年にどのサブタイプを持ったウィルスが流行するかわからない。特定のサブタイプを予測してワクチンを作製するわけであるが、必ず予測が当たるとは限らない。ワクチン接種が十分であるにも係わらず、流行してしまうのはこのためもある。それと、「中和」という言葉が誤解をまねきやすいかもしれない。高校の化学ででてくるような酸塩基の中和反応を連想させてしまうので、生物っぽさがなくなる。高校化学の酸塩基の中和反応はあくまで水溶液中での「イオンの結合⇔解離」、免疫の「中和」の反応は、「抗原抗体反応」(疎水結合・水素結合・分子間力など)がベース。

②・➂は抗体の他に役者がでてくる点で①と違う。②と➂の違いは、②オプソニン化ででてくるのは、好中球・マクロファージといった免疫担当「細胞」、➂補体の活性化では、補体という血中「たんぱく質」。両者は連れてくるパートナーが物質的に異なる。この点が違うわけです。ややこしいですね。

ただ、ここらへんがわかりにくい真の理由は、教科書的なテキストの記述が、免疫という生体防御反応を役者によって現象論的に分類しているだけにすぎない、というのもあるでしょう。

例えば、オプソニン「化」・補体の「活性化」というからには、抗原抗体反応がおこった際、単純に考えて反応後に抗体に何らかの変化がおこっていないとおかしいはずです(そうでなければ、抗体単独でも勝手にマクロファージが遊走してきたり、抗原抗体反応によらない抗体「補体」反応が体中でおこってしまったりすることになる。が、生体でそのような反応がおこっているとは思えない)。で、実際のところ、物理化学的な意味では、ここらへんの機構は、よくわかってません

特定の抗原と結合した抗体を、反応の前後で X 線回折にかけ、立体構造を計測したデータはあるにはあります。が、遊離したままの抗体と抗原抗体複合体を形成した抗体とで立体構造に「差がある」という結果と「差がない」という結果が混在しています。また、差があったとしても、それが引き続いて起こる免疫応答の本当の原因かどうかの検証は難しいでしょう。

こういったことに触れないで、分類だけで事をすませてしまう生物学界隈の「説明」習慣もちょっとどうかと思うところがあります。教科書的なテキストには、原理的な「説明」と現象論な「分類の記述」が混在しているわけです。

まま、ここらへんはここらへんで話のネタになると思うので、それに関してはまた稿を改めて書きたいと思います。

 

 

薬の形 抗体医薬品の場合


CLIL Human Biology, Sanshyusya より抜粋
白血球が細菌、異物を食べて自身も死ぬ。

その1では鍵と鍵穴について述べた。
鍵(薬)は、従来は、有機合成によってつくられる低分子化学物質(低分子医薬品)であった。鍵穴(標的)は生体のタンパクなどである。鍵穴はかっちりしたものもあれば、鍵の多少の形状差は許容するユルいものもある。
昨今、低分子だけでは限界がでてきた。そこで出てきたのが抗体医薬品である。抗体は、免疫の抗原抗体反応のあの抗体のことだ。抗体は、低分子よりさらに鍵穴への結合特異性が高い。低分子医薬品が酵素反応による生化学的な効果を期待するのに対し、抗体医薬品は、特異的結合後の免疫学的な応答を期待している。ここらへんは、ちょっとわかりにくいかもしれない。鍵の柄の先に電球がついているとしたらどうだろう? 電球は、鍵と鍵穴がはまるとぴかぴか光る。ぴかぴか光っているのだから、それを目印に警戒パトロールしていた親切なおまわりさんのような人がこの鍵-鍵穴複合物を見つけ、適当に処理してくれるかもしれない(無理やりな喩えですな)。生体で「おまわりさん」に該当するのは、好中球だとかマクロファージだとか補体といわれているものであり、このような仕組み自体を「免疫」と呼ぶ。もし、免疫が正常で、がん細胞のみに発現するたんぱくの抗体が得られれば、それは体内において、(正常細胞には影響をあたえないが)がん細胞のみを攻撃し排除する効果が期待できる。これが抗体医薬品の作用発現の基本の考え方だ。

低分子と抗体の違いは副作用の考え方にもあらわれる。
小分子医薬品の場合、一般の生体機能を促進したり阻害したりすることで作用を発現させる。そのため、副作用は多くの場合、容量依存的であり、その出方もある程度パターン化されている。それに対し抗体は、例えば、がん細胞のみに発現するタンパクを標的にし、引き続き起こる免疫応答を期待しているため、標的以外にも作用した場合、少量でも思わぬ副作用を惹き起こす可能性がある。なお、ねらった目的以外の「望まれない」標的のことを off target という。イギリスで治験中のある薬剤で off target が起きた。今年フランスで治験中に死亡した例も、詳細は不明だが off target が原因とされている。抗体医薬品が必ずしも、絶対に安全とはいいきれないのだ。